・ユーチューバーという芸能人
うちの子供達は家に帰ってから ユーチューブばかり見ています。ユーチューバーと呼ばれる方々が色々な番組を作っていて、その番組は面白いものが多いです。それを職業としている人も多くいるのではないでしょうか。また、それ以外にも多くの芸能人やスポーツ選手に憧れる子供たちは多いでしょう。子供たちが芸能人に憧れるのは今も昔も変わらないかと思います。しかしながら、仮に自分の子供が芸能人になりたいと言った時に、素直に喜べる大人は芸能関係者ぐらいではないでしょうか。全く芸能関係に携わっていない親にとって芸能界というイメージ は「大変そう」というのが正直なところではないでしょうか。実際にそういったものを職業として選びたいと子供が本気で考えていたら引き留める親も多いのではないかと思います。ではなぜ引き留めるのかを自分自身考えてみると、漠然とした不安だけではないものがあるということがこの文章を読んで分かりました。
芸能人とは、その芸能によって、不特定多数の大衆から注目を集めることでその存在が可能となる有徴な存在者である。一般の堅気の職業に就いている無徴の人たち(昔の農民や今のサラリーマン)は、職務遂行上、自分自身を大衆の好奇心の対象にする必要がない。しかし、芸能人、少なくともプロの芸能人は、自分自身を大衆の好奇心の対象にすることが仕事そのものなのである。かつて見世物小屋では、奇形児が晒しものになった。今日、さまざまな境界上の両義的存在者がテレビの画面に映し出されるのも、その異様さが、視聴者の注意を引くからである。
永井俊哉ドットコム「芸能人とはいかなる存在か」

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・奇異の目に晒されるということ
芸能人(ユーチューバー含めて)は、 ありふれていては当然人気がなくなります。つまり”普通”でないからこそ多くの人から物珍しいと思われ、好奇の目で見られるということになります。目立ちたがり屋の人が芸能関係で成功するのは当たり前と言えそうですが、それだけではなく普通の人とは違うからこそ芸能界で成功するのでしょう。
 スポーツ選手を含めて、芸能人が大衆にエロティシズムの快楽を与えるのは、本業によってのみではない。ゴシップ誌やスポーツ新聞やワイドショー番組は、「〇〇が××と結婚!」、「〇〇の愛人発覚!」、「〇〇が××と離婚!」といった、無徴の個人がしたとしても決して報道されることがない、マイナーでプライベートなネタを「電撃的スクープ」と称して、連日大々的に報道して、大衆の覗き願望を満たしている。供犠執行人が刃物で生贄を切り裂き、その内奥を暴き出すように、あるいは、興行主がストリップ・ダンサーに服を脱がせ、その裸体を観客に見せるように、イエロー・ジャーナリズムは、芸能人の私生活を公衆の面前に赤裸々に露出させ、エロティシズムの快楽を求める大衆を喜ばせる。
永井俊哉ドットコム「芸能人とはいかなる存在か」

・人気ユーチューバーと引き換えに失うもの
芸能人、ユーチューバー含めてですがそういった職業を目指すということは、好奇の目にさらされる可能性がある職業に就くということを意味します。それは職業以外のプライバシー、特に性的な面でも好奇の目にさらされる可能性が十分あり得ると言えます。そういったことを理解せずに芸能関係に入ってしまいプライバシーの侵害を原因に引退して行く芸能人が最近多いように思います。それは芸能人という存在がプライバシーをもその好奇の目にさらされる対象となる可能性を軽視していたということが言えるのかもしれません。プライバシーを確保したいからこそ芸能人であることをやめたといえるのでしょう。プライバシーの侵害は芸能人であっても許されるべきではありません。しかしながら、現実として芸能人は好奇の目にさらされる可能性が高いということを十分子供に認識させた上で、そういった世界に憧れを持たせることが必要であると思っています 。