・公共の場での授乳問題
公共の場での授乳について意見が述べられたブログやニュースを目にすることが多くなりました。
経験を踏まえ、考えてみました。

 公共の場での授乳に対する意見

 賛成意見 
 ・赤ちゃんの空腹を満たすことが何よりも最優先されるのだから、恥ずかしいなどどとおもわず、
  堂々と授乳するべき
   ・乳児への授乳をわいせつだと感じること自体が恥ずべき感覚
 ・乳児にはいつでもどこども、明るい太陽の下で授乳される権利がある
 ・公共の場で泣く乳児を、静かにさせる最善の方法が授乳である
 ・授乳はわいせつな行為ではないのだから、露出狂と同じ扱いをされるべきではない
  
 反対意見
 ・授乳している様子を性的対象として捉える人もいるので、公序良俗に反する
 ・目のやり場に困るのでやめて欲しい
 ・見たくない人がいるのだから、公共の場では慎むべき

といったところでしょうか。日本では法律では何の規制もありませんが、世界では、法律で保護(公共の場での授乳する権利について)している国もあるそうです。

・授乳は「わいせつ」な行為か?
私の考えは、公共の場での授乳について、正直あまり深刻な問題として捉えていませんでした。そもそも電車に乗ることが少ない地方都市では、移動は自動車というプライベートルームがあるため、困ることは都心部ほどではない気がしました。しかしながら、仮に電車で乳児が大泣きして授乳が必要な状況になり、やむを得ず授乳している様子を、悪意のある第三者に撮影されて、知らないうちに世界中に配信させられていたなどと考えると、恐ろしくなります。
賛成意見の根底にある考えとしては、「授乳行為はわいせつではない」という前提があるように感じます。いたずらに性欲を興奮または刺激させ、かつ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するものを「わいせつ」というそうです。わいせつの定義は別として、授乳行為を性的なものとして捉える人間がいることは事実です。

人間は性器を隠蔽し、セックスをタブーにした。性器を日常的に隠蔽し、その露出を規範によって禁止することで、その規範の非日常的侵犯がもたらすエロティシィズムの興奮を増大させる。
性器の隠蔽以外の方法でもセックスをタブーにすることができる。例えば、男女の肌の接触を禁止することにより、抱擁のエロティシィズムを高めることもできる。だが、セックスのタブー化で最も中心的な役割を果たしているのは、性器の隠蔽である。
セックスをタブーとすることは、セックスの否定ではなくて、むしろ肯定である。刑法第174条に明文化されている公然猥褻の禁止は、猥褻の否定ではなくて、肯定である。もっと正確に言えば、それは否定することによる肯定である。
   永井俊哉ドットコム「人はなぜ性器を隠すのか」 

上記の論文によると、隠すからこそ、その性的価値が高められるのだそうです。
女性の乳房は直接的な性器ではありませんが、性器を連想させるということで文明社会においては一般的に隠されるべきものとされています。そうであれば、授乳中であれ、それは男性の性的興奮を刺激する可能性は十分にあり得ます。
授乳中の女性にとって、第三者の性的興奮を満足させるメリットはありません。又、授乳行為を目にすること自体を不快だと感じる女性の心理は、理解できなくもありません。授乳中の母子共に幸せそうな雰囲気を見れば、それを願っても叶えられない人が見れば妬みの対象となるでしょう。
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・授乳を法規制することの意味
公共の場で授乳を妨害する行為を禁止する法律は現在の日本にはありません。仮にそういった機運が高まることがあったとしても、「女性と乳児の権利を保護するものだ」として肯定する意見が大多数を占めると思います。しかしながら、そういった法律で規制が必要なほど、授乳に対して嫌悪感を持つ人が少なからずいるというのは事実のようです。

公共の場での授乳行為を暖かい目で見守る、もしくは空気のように自然にやり過ごす。それが理想なのでしょうが、それが出来ない人も当然存在するのは想像できます。
公共の場での授乳を賛成する人には「堂々と恥ずかしくもなく」授乳出来る人もいれば、恥ずかしいけれども授乳室が近くにないので子供のためにやむを得ずそうするという人もいるのではないのでしょうか。

・育児しやすい環境とは何か
「授乳の妨害を法律で禁止する社会・・・」というと息苦しさを感じます。しかしながら、そういう意見が起こってきた背景にあるものを考えることも必要だと感じます。
公共の場での授乳スペースの確保を推進することとその結果としての公共の場での授乳をよく思わない人の増加は表裏一体になるものではないかと思います。授乳スペースの設置は母子のために良かれと設置しているのに、それが結果として授乳を日常空間から隔離することを助長する一因となったのではないかとも感じます。
育児しやすい物理的環境を整備したり法制化することが逆に育児しずらい心理的環境を形成する可能性につながる恐れもあることを意識すべきであると思います。

この記事は過去の「公共の場での授乳について考えたこと」を加筆、修正したものです。